きみがいないと この「まち」は はじまらない

東北ツアー報告会を行いました!

今年5月のゴールデンウィークの東北研修ツアーの報告会を行いました。
発表するこどもも含め50名もの方に来ていただき、大盛況でした。
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今回のツアーは、自分達の地域のまちの防災を考えるための第一歩として、東北の人たちのお話を聞き、勉強するために計画しました。今回のツアーでは、現地を効率よく動き、たくさんの場所がまわることができるための貸し切りバス代をローカルグッドヨコハマでのクラウドファンディングにより、53名もの方々に応援いただきました。
https://cf.yokohama.localgood.jp/project/juniorsurvivalworkshop
また、ツアーの一部をよこはま夢ファンドを通して、株式会社FREEing(フリーイング)さんに支援いただきました。
本当にありがとうございました。

発表内容ダイジェスト・・・

■仙台メディアテーク
伊東豊雄氏の設計による建物の構造のおもしろさについて。
「3がつ11にちを忘れないためにセンター」の活動のお話を聞く。
→3.11と簡単に省略されてしまうかなしさから、ていねいにひらがなのネーミングにした。被災者、被災地ってどこまでを指すんだろうと、記録を集めていて感じた。答えは得られない。
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■「釜石の奇跡」鑑賞(NHKビデオ)
釜石の子ども達が日頃の防災訓練を守り、全員助かった「釜石の奇跡」。
自分の命は自分で守る。大人についていけばなんとかなるということは間違え。
日頃の防災訓練が役だった。想定にとらわれるな、率先避難者たれという教え。
日頃頼りにしていた、大人は、危機管理的にあてになるとは限らない。
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■石巻日日こども新聞の記者と石巻ニューゼで防災ゲームで交流
いままでに横浜の「つづきジュニア編集局}と石巻子ども日日新聞との交流が何回かあった。
防災カードゲーム「なまずの学校」に挑戦。いざというときのサバイバル術、身の回りのものをつかって生き延びることを学ぶゲームだった。
そのほか、石巻ニューゼの展示をみた。石巻日日新聞は、震災で新聞が印刷できないとき、わかっている情報を書いた手書きの新聞を避難所に貼った。そのオリジナルが展示してあった。
石巻日々新聞

■女川復興まちづくり情報交流館
女川はいちばん震源地から近く、震度6弱。でも地震で死んだ人はひとりもいなかった。大きな揺れのあとゆだんしていたら、津波が来て、多くの人が流された。津波を甘くみていた。マンション5階建ての天井くらいまで、20,3メートルの壁のような水がきた。ほとんどの人が車ごと、家ごと流された。
現在は、電車の駅もできて、復興は他のところよりも進んでいる。あと4年で復興する見込み。
女川

■女川さいがいエフエム
震災当時情報がなかった!だからラジオ局をつくってみんなに届けようと行動した。中高生がパーソナリティを務め、その奮闘ぶりがテレビドラマにもなった。コンビニの店員からラジオのパーソナリティになった方からのお話。情報を伝える、元気を伝えるということが、若い人にもできること!

■ワークショップ
石川永子先生(横浜市立大学准教授)が同行してくださり、ワークショップを行ってくださいました。
そこから見えてきたことは・・・
1.大人は想定や情報から判断が遅れてしまうことがある
→子どもの判断力(ひとりで判断できる力)・行動力(まわりを動かす力)

2.若い人がまちの人と周囲を前向きにする。
→復興への子どもの役割
新聞やFMなどメディアと協力するなどの可能性

3.大人は色々なしがらみや経験があって、時にまちの問題解決に時間がかかる。
→子どもの視点・意見が新鮮、ピンチを切り抜ける力になることも。

4.身近な持ち物で人を救ったり、災害字に役に立つ→ゲームでまわりにも楽しく教えよう

5.復興したまちは、子ども達が主役。長く住みたいと思うまちをつくろう→計画をつくろう。

振り返りのワークショップ

■雄勝ローズファクトリーガーデン
映画「ぼくたちわたしたちが考える復興〜夢を乗せて」を鑑賞。
子ども達と復興プランを考えている、徳水先生に震災のときの話を聞いた。雄勝はほたてが有名で子ども達も先生もホタテを使った復興にも取り組んでいる。
子ども達がつくった大きな版画に感動。創りながら気持ちも復興していきたいと願っている。
住むときには、地形についての知識が重要。川や田などがついているところは気をつける。昔からある神社は被災しなかった。昔の人が大事にしていた場所は安全。
徳水先生

■雄勝オークリングハウス〜おがつ店こ屋街
現地の人たちと歌で交流。2012年、ミニヨコ市民が訪問し「ミニおがつ」を行ったことがある。
雄勝

■志津川COMMONS
震災のための備えをしていたが、慌てて逃げたのでなにも持たず来てしまい、取りに行けなかった。夜暗闇の中で助けて、と叫ぶ声が聞こえたけど怖くてなにもできなかったことが悲しい。
避難所でうれしかったことは、人との出会い。困ったことは、いらないものが送られてきたこと。
物資がどんどん送られてくるが、なかにはあまりにも古い衣類などがあり、それは悲しかった。
子ども達が沖縄の自衛隊の方からもらった三線を練習し、演奏を発表できるまでになったことが本当にうれしかった。
子ども達には励まされた。
南三陸での避難所のお話

■夜は、三陸の牡蠣でバーベキュー


■リアスアーク美術館
気仙沼の美術館。学芸員さんが命がけで撮った記録写真が過去の写真との比較や、解説付きで展示されている。
「被災物」の展示も物語をつけて展示されている。さまざまな人たちにヒアリングし、その思いを託した展示。
学芸員さんから、大切にしていた流れてしまったものを、がれきと呼ばないで欲しいと。がれきは石ころやこわれた木々であり、昨日まで生活をともにしていた物が、どろどろになってしまってもがれきではない。せめて被災物と呼んでほしいとお話があった。
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当NPO法人の事務局長である、岩室晶子は、よこはま地震防災市民憲章の策定委員でした。
この「よこはま地震防災市民憲章」の
[行動指針]
(避難生活)4 子どもたちの力も借りて、一緒に拠点運営を行います。
(自助・共助の推進)3 子どもたちに、大地震から身を守るための知恵と技術、そして助け合うことの大切さを教えます。
に、うたわれているように 「地域の防災に子どもたちの力を活かす」・・・ そのためになにができるか?を子ども達自身が考える第一歩として、 東北の方達に、発災時、避難生活、そして現在について、「子どもたちが活躍したこと」などを中心にお話を聞き、勉強することでした。  そして今後は・・・・・  さらにワークショップを重ね、「地域の防災に子どもが活躍する、アクションプラン(活動計画)」にまとめ、発表します!!

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過去の記事
株式会社FREEing

NPO法人ミニシティ・プラスは、横浜市市民活動推進基金「よこはま夢ファンド」を通して、株式会社FREEingに活動を支援していただいています。